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走れ!バカップル列車 第3号 増発列車久留里線 |
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四 久留里線は、着いたホーム向かい側の4番ホームから発車する。 次の列車は9時13分発の上総亀山行きである。乗り換え時間はわずかなので急がなければならない。みつこさんはすでに久留里線のディーゼルカーに乗って、私が「新宿さざなみ」を撮影して戻って来るのを待っている。 「ひろさん、急いで」 「心配させて、すまんのぅ」 まもなく発車ベルが鳴り、エンジンをブルンと震わせて、久留里線のディーゼルカーが発車した。 今回のバカップル列車は「増発列車久留里線」というタイトルとなっているが、別に久留里線の線路上に特別の増発列車が走るわけではない。乗っている列車は927Dという定期列車である。「増発」というのは、あくまで私とみつこさんの旅行のことで、一度出掛けてしまった久留里線にもう一度臨時的に出掛けるから、あえてそのように言ってるだけのことである。 列車は二両連結で、先頭がキハ37形、後ろがキハ38形であった。キハ37は全国に5両しかない車両で、うち2両がこの久留里線で活躍している。キハ38も全国で7両だけでそのすべてが久留里線の配属である。JR東日本はキハ100系など新型のディーゼルカーを次々と投入してローカル線のサービス向上を図っている。その中にあって、このような旧型車両が依然活躍しているというのも久留里線の興味深いところと言っていい。 ディーゼルカーは、時速40キロぐらいののんびりした調子で雨の降る房総の田園地帯を走ってゆく。車内は空いていて、一両目が私たちを含めて六人、二両目が九人であった。 そんな空いている車内で寂しくなったのか、車掌は東清川を過ぎたところで前の車両に来てしまった。運転室に入り、助手席に座って前方をぼんやり眺めている。 横田駅が近づいて来た。ATSのチンコンチンコンというベルが鳴り続ける。ここで上り928Dとすれ違い、タブレットを交換する。 928Dはすでに横田に停車している。黄色い雨合羽を着た駅員が928Dの持ってきた横田〜久留里間のタブレットを手にやって来た。こちらの運転手は木更津〜横田間のタブレットを手に持ち、駅員が持つタブレットと交換する。そして927Dが先に発車。 タブレット閉塞方式の路線では、列車が駅ですれ違う場合、先に駅に到着した方が後に発車し、後に駅に到着した方が先に発車する。一方の列車の停車時間ばかり長くなるので不公平なのだが、タブレットの交換と発車合図を受け持つ駅員の動きを見ているとこの方が合理的である。「先入れ後出し+後入れ先出し方式」だと駅員は二つの列車の間を一往復すればよいが、「先入れ先出し+後入れ後出し方式」だと駅員は列車間を一往復半しなければならない。 貨物列車の車掌車を待合室に使っている東横田を過ぎ、馬来田(まくた)、下郡と各駅に停まって行く。窓ガラスは曇ってしまって外の景色はよく見えないが、横に道路が並んでいて、乗用車がすいすいとこちらの列車を追い抜いてゆく。 小櫃(おびつ)でおばさん二人が降りた。ここまで乗客の動きがなかったというのも珍しいことかもしれない。代わりに若い女の子と、小学校低学年ぐらいの小さな女の子が乗ってきた。ピンクの洋服を着た小さな女の子は駅で見送るお母さんにいつまでも手を振っていた。 周りは一面田んぼのところが多い。もう稲刈りは終わったようで、あとには雑草が青く茂っている。 やがて久留里に着いた。ここも運転取扱駅なのでタブレットを交換する。反対側のホームには、久留里始発木更津行きの930Dが停車している。930Dは9時56分発、こちらは9時55分発。一足先に発車する。 久留里を出ると、景色は次第に山がちになってくる。鉄橋があったり、トンネルがあったり、絶壁にへばり付きながら走る区間があったりして、車窓を楽しむには良いところだが、今日は窓が曇っているのでよく見えない。 途中駅でぽつぽつと乗客が降り、上総松丘で乗客は私たちを含めて三人になってしまった。それでもかまわずディーゼルカーは走り続け、定刻10時13分、上総亀山に着いた。雨は弱くなり、空が心なしか明るい。 ホームに停車している二両のディーゼルカーはこんどは10時28分発、上り932Dとなって木更津へ折り返す。私たちもそのままこの車両に乗って木更津に戻るのだが、タブレット交換の様子がよく見えるようにと木更津寄りの車両へ席を移す。 上総亀山からは大きなリュックサックを背負った若者がたくさん乗ってきた。市川あたりの高校の山岳部のようである。彼らが次から次へとやって来て、ディーゼルカーの座席は二両ともだいたい埋まってしまう。往きとは違って、こんどはとても賑やかな車内になった。 運転手がタブレットホルダーを肩に掛けて運転席にやって来た。信号が青になり、ディーゼルカーは木更津へ向けて発車する。 17分ほど走って久留里に到着した。4分停まるとのアナウンス。ここですれ違う下り929Dはまだ到着していない。半袖シャツのままの駅員がまずこちらの932Dからタブレットを受け取る。 しばらくすると929Dが到着した。駅員は運転席の横に立ってタブレットの受け渡しをしていったん駅舎に戻る。こんどは932Dに渡すタブレットを持って再び出て来るが、先に929Dの発車合図をする。ここでも後から到着した列車の方を先に発車させるのである。929Dが走り去ると駅員はそのまま場内踏切を渡って来てこちらの運転手にタブレットを渡す。そうして発車合図をし、ドアが閉まり、列車が発車する。 山岳部の若者たちは最初、友達同士でふざけあったり、おしゃべりに興じたりしていたが、登山帰りで疲れているのか、しばらくしたらみんなリュックに寄りかかって眠ってしまった。車内が一斉に居眠りしている様子はなんとなくおかしい。 そんな様子をぼんやり眺めているうちに次の運転取扱駅である横田に着いた。 下り列車とのすれ違いはないが、閉塞区間が変わるのでタブレットの交換はある。横田の駅員はまだ全身を黄色い雨合羽に包んだままだ。運転手とタブレットの受け渡しをして、緑色の旗を振ると、車掌がドアを閉める。駅員は前後を確認すると、こんどは緑と赤の旗を束ねて上に掲げ、左右に振って発車の合図をする。列車が走り出すと運転手に向かって敬礼。映画にでも出てくるかのような完璧な動作である。 タブレット閉塞方式も旧型のディーゼルカーも、いずれ姿を消すのは時代の流れでしかたのないことだが、こんな雨の中でも、安全のため定時運行のため規則正しく職務をこなす鉄道員たちの姿は、いつまでも忘れずにいたいものである。 列車は各駅でぽつぽつと客を乗せながら木更津に向かう。気がつけば車内は立っている人もいるほどの混みようであった。 木更津には11時31分に着いた。山岳部の連中はすぐに上りの内房線に乗り換えて行ったようだ。私たちは木更津の駅前で昼ご飯を食べてから、内房線・総武線の快速電車と京浜東北線を乗り継いで家に帰った。 家ではビデオカメラをノートパソコンに接続して、久留里線で撮影してきたばかりのビデオテープの編集をした。いままでは接続のしかたがよくわからなかったのだが、こんどは新しいノートパソコンを買うときにだいたいのやり方を聞いておいたので、その通りにやったら、意外に簡単にできた。ビデオデッキにつなげて編集するのより、はるかに簡単でおもしろいので時間も忘れて没頭する。 「ひろさんは、新しいおもちゃができて、よかったねぇ」 みつこさんが半ば呆れ気味に言う。 「おらばっかり楽しんじまってすまんのぅ」 「あたしはさあ……」 「なあに」 「雨の日にも中が濡れない靴がほしいよ」 みつこさんは今日、家に帰ったら靴下まで濡れていた。 「いいよぉ。買いなよ」 「いいかのぅ」 「いいよぉ。じゃあ、保険の残りのお金で買えば?」 「いいかい」 「もちろんだよ」 「じゃあ、買うとき一緒に来て、見てくれよ」 「いいよぉ」 空き巣に入られたのは腹立たしいし、大切なものが奪われたのは悔しいし、悲しい。だが、パソコンが新しくなり、ビデオカメラも新しくなった。そしてみつこさんは新しい靴を買おうとしている。 空き巣なんて本当にこりごりだけど、その二次的影響まで含めて考えると、必ずしも悪いことばかりではなさそうである。 |
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