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走れ!バカップル列車 第1号 久留里線各駅停車 |
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四 久留里線は、木更津〜上総亀山間の32・2キロの路線である。その前身は千葉県営鉄道で、大正元年(一九一二年)十二月に木更津〜久留里間が開業したのがはじまりである。当初は軌間762ミリの軽便鉄道だったが、大正十二年(一九二三年)に国有化され、昭和五年(一九三○年)に日本の標準的軌間である1067ミリに改軌された。昭和十一年(一九三六年)三月には上総亀山まで延伸され、国鉄からJRに引き継がれて現在に至っている。 線路は全線がほぼ小櫃川に沿って走っている。周りは木更津郊外の住宅地で、ところどころに田んぼがある。祇園、上総清川と停車して、客がぽつぽつ降りて行く。神社の鳥居の前をかすめたりしてまた走る。 東清川あたりまで来ると、田んぼばかりになって、逆に家が少なくなる。館山自動車道の陸橋をくぐり、小櫃川を鉄橋で渡ると横田駅で、ここで上り列車とすれ違う。タブレット交換も行われる。木更津〜横田間を走るためのタブレットを上り列車に渡し、横田〜久留里間を走るためのタブレットを上り列車から受け取るのである。 横田駅は田んぼの中に僅かな集落のある小さな駅だが、ちゃんと駅員がいて、タブレットの交換作業を受け持っている。 駅員が場内踏切を渡ってやって来た。手には上り列車から受け取ったタブレットホルダーを持っている。こちらの運転手もタブレットホルダーを手に持って、渡す準備をしている。駅員も運転手も手慣れていて、受け取りながら手渡している。二つのタブレット交換は一瞬のうちに終わった。駅員が時計を確認して、笛を吹き、緑の旗を振る。車掌がドアを閉め、列車は再び走り始めた。 無人駅にワンマンのディーゼルカーが寂しく停車するというのが、現代のローカル線の実情だ。けれども久留里線は違う。運転手がいて、車掌がいて、駅には駅員がいる。クーラーがついていないから、窓が開けられて、気持ちのいい風を受けながら走る。 だから久留里線に乗っていると、なんだか時計を二十年ばかり逆戻りさせたような錯覚に陥る。私は中学や高校の頃、学割と周遊券を駆使して全国の鉄道を乗り歩いていた。急行列車が走りながらタブレットを交換するという離れ業を見たこともある。そんなあの頃に戻ってしまったようである。 次の東横田を過ぎると、東に向かって来た線路は南へと進行方向を変える。小櫃川もゆるやかにその方向へ流れを変えている。 山は遠くに見えている。一面の田んぼの中を線路はまっすぐ延びている。 次の駅の近くになると列車の惰力が弱くなってきて、ずいぶんとゆっくり走る。何キロぐらいだろう?と運転席のメーターを見たら、時速20キロであった。自転車にも抜かされそうな速さだ。 駅に停まるたびに乗客は減って行く。隣のおばちゃんと女の子は小櫃という駅で降りた。二人には出迎えが来ていて、「大きくなったねえ」などと会話を交わしている。子供はあっという間に成長する。自分もあっという間に歳をとる。 久留里に着いた。ここでも上り列車とすれ違う。一時間に一本という運転頻度はローカル線としては少なくない。 ホームには駅員がタブレットホルダーを手に待機している。一瞬のうちにタブレット交換が終わった。 そんな様子をビデオカメラで撮っていたら、運転手さんが、運転席と客室を隔てるドアを開けてくれた。 「こっちに入って、撮っていいぞ」 もうタブレット交換は終わってしまったので撮るものもないのだが、上り列車が発車して行くので、それをビデオに撮った。礼を言って客席に戻るとき、運転手さんは、 「運転席は暑いだろう」 と言った。 久留里を発車する。もう乗客は四、五人ぐらいに減っている。 さっきまで遠くに見えていた山々が間近に迫ってくる。小櫃川が馬蹄形にくねくねと流れているところを線路は鉄橋で二回渡る。川は深い谷を刻んでいる。 向こうに棚田を見て、上総松丘を過ぎ、29キロポストを過ぎたあたりでトンネルに入る。抜けると切り立った斜面の中腹を走る。上は崖、下は谷。30キロポスト付近でまたトンネルを抜け、山が少し開けて来て、ゆるやかな丘を越えてゆく。 そうして終点上総亀山に着いた。久留里線は国有化される際、現在のいすみ鉄道(旧国鉄木原線)とつながって外房の大原まで延びる計画だったという。線路の先を見ると、レールは駅の前方数十メートルのところで途切れていた。 駅の裏には亀山湖というダム湖があるのだが、折り返し木更津行きが発車するまで16分しか時間がないので、駅の周りをうろうろするだけにする。 駅前には古びた商店が何軒か並んでいるが、一軒はシャッターが閉ざされたままになっている。 みつこさんが言う。 「ここすごいよ、自動販売機が倒れたままになってるよ」 人の気配はほとんどなく、ひっそりとした集落だ。 上総亀山には木造瓦屋根の小さな駅舎があって、駅員がいる。窓口で東京までの切符を買うことにした。みつこさんがお金を払って切符を受け取る。その時だった。 「やだー、べとべとしてる!」 みつこさんが叫ぶ。窓口の台のところで誰かがジュースをこぼしたらしく、濡れていた。みつこさんはそれに気づかずに台に肘をついてしまったのだ。 「信じらんない。誰だよ、こんなところにジュースこぼしたの」 みつこ、相当不機嫌になる。怒りはなかなか収まらない。 「べとべとしちゃったじゃん、もう!」 駅の隣に汚い便所があるが、水道はない。しかたないので、ティッシュペーパーをミネラルウォーターで濡らし、みつこさんの肘を拭いてあげた。 「こっちも拭いて」 「ここ?」 「うん」 「もう、大丈夫じゃない?」 「ひろさんの水なくなっちゃったね。すまんのう」 「みちゃんのお茶もらうよ」 「うん、飲んでくれ。すまんのう」 次の列車は、16時56分発である。木更津側のキハ37に席を移す。こっちはクーラーが付いていた。ちょっとがっかりする。 乗客は私たちを含めて五人だけであった。いま来た道を引き返す。 久留里駅で下り列車待ち合わせのため4分ほど停まる。みつこさんは寝てしまったので、一人でホームに降りてビデオを撮っていると、運転手さんが窓から顔を出して話しかけて来た。 「どこから来たの?」 下り列車で運転席に入れてくれたあの運転手さんだ。 「十一年電車の運転手やっててさあ、来年定年だってのに、人が足りないからって去年の三月こっちに来たんだよ」 「おつかれさまです」 「ふつうは定年間際は動かないんだけどさぁ」 発車時間が近づき、駅員が来た。時計を確認し、笛を吹き、緑の旗を振る。昔だったら普通に見られた鉄道の情景だが、私自身こうした光景を見ることはもう何度もないだろう。 1時間10分走って、18時06分、木更津に着いた。 この後は18時09分発の東京行き特急に乗る。跨線橋を渡って1番ホームに来ると、255系電車の「ビューさざなみ20号」が颯爽と入って来た。 夕暮れの平野の真ん中を特急はまっすぐ走り出す。久留里線の細い線路が右に曲がってゆく。こちらはクーラーの効いた車内でリクライニングのゆったりしたシートに座っている。 久留里線が、なんだかずいぶん遠くへ行ってしまうように見える。 「みちゃん、こっちにも蓮が咲いてるよ」 「ほんとだ」 木更津駅のあの跨線橋は、ひょっとすると、二十年もの時を越えるタイムトンネルだったのかもしれない。 |
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