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走れ!バカップル列車 第89号 えちごトキめき鉄道の国鉄形観光急行 |
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四 11時26分、定刻になり「観光急行1号」市振行きが直江津駅を発車した。ガタゴトと分岐器を渡り、さきほど走ってきた妙高はねうまラインを左に見送って、こんどは日本海ひすいラインに針路をとる。編成は先頭からクハ455、モハ412、クモハ413の三両で、私たちは真ん中のモハ412に乗っている。モハの「モ」はモーターの「モ」。昔懐かしいモーター音を楽しむために私の一存でここに乗ると決めた。電車は本線に入ると徐々にスピードを上げる。モーターがブロロロロロロゥと唸り出し、その音にしばし酔いしれる。JRの車輌ではこの音は出ない。国鉄形ならではの音だ。 車掌が検札にきた。急行券は記念切符しか持っていないので、改めて車掌から三人分の急行券を買う。なんと手書きの車内補充券だった。お弁当だけでなく鉄道グッズを売る車内販売が行き来したり、鉄道オタクの心をくすぐる演出が満載である。鉄道グッズの中には「観光急行」の運行に使用するのと同じ「サボ」もあって、なかなか悩ましい。 湯殿トンネルを抜けると海岸に出る。谷浜駅を通過。夏の日の混じりけのない空と海の青さが目にまぶしい。みつこさんも妹ゆかも後ろを振り返って海を見続ける。進行方向右側に海が見えるからこちら側のボックス席(向かい合う四人席)を確保したかったが、先客ですべて埋まってしまったので車端部のロングシートに座った。こちらの方がゆったり出来るのだが、海を見るときは腰をひねらないといけない。 有間川駅を通過してこんどは名立トンネルに入る。先の湯殿トンネルと言い、どちらも三キロを超える長いトンネルで、次の頸城トンネルに至っては十一キロに及んでいる。直江津から糸魚川にかけての区間は、妙高山から連なる山々が海にまで迫る一帯で、険しい海岸線が連続している。旧北陸本線はもともと海岸沿いを単線で走っていたが、昭和四十年代に複線化される際、これら長大トンネルが建設された。地すべり多発地帯でもあり、どのトンネルも難工事を経ての開通だったという。 名立トンネルと頸城トンネルの間のわずかな地上区間に名立駅がある。ホームには「急行」を撮影しようとたくさんの撮り鉄が詰めかけている。列車はゆっくりと通過してすぐに頸城トンネルに入る。再び車窓が暗くなり、トンネルの壁に反響したモーター音がブロロロロロロゥと一層大きく鳴り響く。 しばらく走るとスピードが落ち、モーターの音が緩くなる。窓の外が一瞬明るくなる。筒石駅だ。珍しいトンネル内の駅である。単線時代、海岸近くにあった駅は複線化に合わせて長いトンネルの途中に移設された。トンネル断面をわずかに広げた空間に狭いホームがへばりついている。筒石を通過すると列車は再び速度を上げた。 「時刻表には載ってませんが、能生(のう)に十五分ほど停車します」と車掌のアナウンス。トンネルを出て速度を落として能生に停車した。長時間の停車とあって乗客たちは雪崩を打つようにホームに出て行った。つられて出て行ったみつこさんが戻ってきて、「お弁当が飛ぶように売れていた」と驚いている。ちょうどお昼の時間帯だが(能生駅停車は11時51分ごろから12時06分ごろまで)、車内販売もあるしそんなに売れるものかと半信半疑で出てみるとお弁当はもう残りひとつしかなかった。乗客たちがひととおり殺到したあとは、まさしく遠慮のかたまりのように誰も手をつけずにぽつんと台に置かれている。 そこへビデオカメラを手にした鳥塚社長が来た。「残ってるの? そんなら買うよ」。驚いたことに社長は直江津で見送ったのではなく、「急行」に乗車していたのだ。しかも遠慮のかたまりのお弁当を買ってしまった。ホームに出店していたスタッフたちは完売を喜んでいる。お昼時に長時間停車してそのホームに弁当を出すとはさすが敏腕社長のアイデアである。 売店のスタッフや地元の人たちに熱烈に見送られながら「急行」は再び発車した。木浦(このうら)トンネル、浦本トンネルを続けて抜けると浦本駅を通過。山と海に挟まれたわずかな平地に街があり、鉄道と国道が走っている。家並みの隙間からちらちらと日本海が見える。 梶屋敷駅を通過すると再び車掌のアナウンスがある。「電源を切り替える『デッドセクション』を通過するので、しばらくの間室内灯が消え車内が暗くなります」。 みつこさんが「え、どうなるの?」と心配しているうちに天井の蛍光灯は二本を除いてプツッと消えた。「むかし銀座線も電気消えてたよね」と妹ゆか。「銀座線より長いよ」と付け加える。 国鉄は鉄道を電化するにあたって、いろいろな事情で三種類の電源方式を採用した。おおざっぱにいうと東海道・山陽線周辺と関東甲信越は直流電化、それ以外の東日本は交流電化五○キロヘルツ、西日本は交流電化六○キロヘルツといった具合だ。関東甲信越と西日本の境目がちょうどトキ鉄の梶屋敷〜糸魚川間にあって、異なる電源の境目には電気が通じていない緩衝地帯がある。それが「デッドセクション」だ。パンタグラフから電気が入ってこないので、照明は消え、電車は惰性のまま走る。二分ほど惰性で走っただろうか。再び照明が点いて車内にほっとした空気が流れる。 二○二○(令和二)年に新たに開業したえちご押上ひすい海岸駅を通過し、電車は少しずつ減速して12時20分、糸魚川に到着した。十四分停車した後、「急行」は県境の市振まで運転するが、みつこさんと妹ゆかは飽きてしまうし、おなかも空くので下車する。後ろ髪を引かれる思いだが、糸魚川で昼を食べる計画を立てたのは私自身だ。 改札を出て駅前のロータリーに降りると隙間から小豆色とベージュの電車がみえる。ホームの鉄道オタクたちが思い思いにカメラを向けている。やはり市振まで乗るべきだったか。 「お寿司屋さん、こっちでいいんだよね?」待ちきれず歩きはじめたみつこさんと妹ゆかが早く来いと呼んでいる。 |
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