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走れ!バカップル列車 第78号 一畑電車北松江線と境線鬼太郎列車 |
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四 境線境港行き普通列車は定刻8時31分に米子駅を発車した。列車は米子駅構内を抜けると左にカーブして山陰本線と別れ、単線の線路を北西に走ってゆく。 日曜日の朝だが乗客は多く、一人から三人組ぐらいまでの観光客や高校生たちが四人がけ向かい合わせのボックス席をそれぞれ陣取っている。客室端っこのロングシートには青い作業服を着たおじさん五、六人が散らばってだるそうに座っている。 二分ほどで博労町(ばくろうまち)に着く。片側にホームが一面だけの小さな無人駅である。ホームが狭く、黄色い線の内側の方が外側より狭いくらいだ。博労町から次の富士見町までの駅間はわずか五百メートル。左右には米子市内の家並みが連なる。富士見町はJRになって新たに設置された駅である。この先の三本松口、御崎口(現・大篠津町)、高松町、馬場崎町も民営化後にできた駅だ。車両基地と工場を兼ねた後藤総合車両所はこの富士見町が最寄りだと駅名標にある。青い作業服のおじさんたちがぞろぞろと降りていった。 やがて右窓には後藤総合車両所が見えてくる。山陰地区の車両の整備を一手に引き受けていて敷地はかなり広い。「サンライズ」や「やくも」などの車両が留置されている。電車をここまで回送するため、境線は後藤まで電化されている。 米子から二・二キロ、八分で後藤に到着。高校生たちがぞろぞろと降りてゆく。後藤あたりが米子の市街地の境界らしく、高層マンションなどが立ち並ぶのもこの周辺までだ。列車のすぐ脇に民家の玄関が並んでいたりして、古い国有鉄道の路線なのに都会の私鉄のような雰囲気も見せている。 三本松口あたりから一転、車窓は農村の様相を見せる。家並みも続くがその数はだいぶ減ってくる。河崎口から駅間距離も長くなる。停まるたびに高校生たちがぽつぽつ降りる。 弓ヶ浜で上り米子行きの列車とすれ違う。向こうは「ねずみ男」車両と「目玉おやじ」車両の二両編成だ。すぐ隣に停車した「ねずみ男」車両にお母さんと二人の少年が乗っていた。こちらを見て恥ずかしそうに笑っている。みつこさんと私とで手を振ったら、ぎゃっと驚いて窓の下に隠れてしまった。 弓ヶ浜、和田浜あたりは白ネギの特産地だそうで、青々とした葉が整然と並ぶネギ畑の間を列車は淡々と走ってゆく。境線の線路は中海と日本海とを分ける弓ヶ浜半島の真ん中付近をほぼ一直線に走っている。半島は砂州なので斜面や段差はほとんどなく、線路はほぼ水平である。半島の幅は四キロ弱で西に二キロほど行けば中海、東に二キロほど行けば日本海につながる美保湾である。はるか前方に島根半島の山々が見えてきた。 みつこさんはここまで居眠りすることもなく、窓の外になにか見つけては私に話しかけてきたりしていたが、ネギ畑の真ん中でついに耐えられなくなったのか、 「JRなのに揺れるね」 と訴えてきた。昨日、一畑電車は揺れて、JR山陰線はあまり揺れないという話をしたから、そういうのだろう。 「JRっていっても、特急が走る山陰線とローカル線の境線は違うから」 言われてみれば、たしかに上下の揺れがけっこうきつい。酔い止め薬を飲んだから大丈夫かと思うが、みつこさんにはもうしばらく辛抱してもらわないといけない。 次の大篠津町は民営化後に設置された御崎口が改称された。もともとあった大篠津はいまは米子空港駅になっているのでちょっとややこしい。 二○○八(平成二十)年に米子空港の拡張に伴い、境線の線路は東へ最大五百メートルほどずれることになった。まっすぐだった線路はたんこぶが膨れたような形のカーブになり、大篠津駅は境港寄りに八百メートル移転したうえで米子空港に改称されたのである。移転のおかげで空港ターミナルまでは徒歩五分となり便利になったらしい。この列車からもトランクを抱えた乗客が五、六人降りて行った。たんこぶが膨れた分、米子から境港までの距離は実際には長くなったはずだが、中浜から先の営業キロは変更されていない。 中浜、高松町、余子(あまりこ)あたりまでは畑が広がっている。上道(あがりみち)を過ぎたあたりからようやく境港の市街地に差し掛かる。小さく見えていた島根半島の山々が次第に近づいてくる。 馬場崎町まで来ると街中である。市役所は境港より馬場崎町の方が近い。そうして七百メートルほどで終着境港に到着する。定刻通り9時14分着。四十三分の旅であった。 境港駅はホームにも駅舎にも『ゲゲゲの鬼太郎』のキャラクターがあふれていた。妖怪の駅名は「鬼太郎駅」。もともと境駅と呼ばれていたが、一九一九(大正八)年に境港駅に改称された。路線名だけはいまも境線のままだ。 駅の裏側には広い駐車場などがあり、かつては貨物も扱う大きな駅だったのだろうと想像できる。いまは鈍行列車の停まるホームが二線だけの小さな駅だ。 境港の街も妖怪だらけだった。「水木しげるロード」と名づけられたメインストリートには、歩道のそこかしこに妖怪の銅像が並んでいる。昼すぎに通ったときには、「鬼太郎」「ねずみ男」「猫娘」「子泣き爺」などの着ぐるみの妖怪たちがたくさんやってきてこの道を練り歩いていた。 「水木しげる記念館」を見学し、近くのお寿司屋兼居酒屋のような店でお昼を食べた。海鮮丼を注文したが、妖怪ばかり見てきたので大粒のイクラが「目玉おやじ」に見える。 帰りの列車までまだ時間があったので、タクシーに乗って漁船が並んでいる港まで行ってほしいと言った。 「どこがいいですかね」と運転手は首をかしげる。 境港(さかいこう)ほどの大きな港になると、旅客船やコンテナ船のターミナル、漁港、海上保安庁の基地などがあちこちに分散している。言ってみればこの付近の海に面したところはどこも港なのだ。 思案しながら運転手は海沿いの道をちんたらと走りはじめる。結局、コンテナターミナルの横にある小さな埠頭にやってきた。きょうは天候が漁にはいいらしく、停泊している船は少なかった。 「雲がなければ、あちらに大山が見えるんですけど」 と運転手が右前方を指さす。 (いや、左の方じゃないか? 雲の下に大山らしき裾野が見えているし) と釈然としない思いで遠くの空を眺めていると、いったんクルマに戻った運転手が再び私たちのところに来て、 「すみません、すみません。やっぱり大山はあっちの方でした!」 と左前方を指さした。 |
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