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走れ!バカップル列車 第59号 津軽線・江差線(後編) |
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一 三厩(みんまや)駅で停車中のディーゼルカーをバックに記念写真を撮っていたら、少年がホームに出てきてみつこさんに話しかける。 「ねえ、この電車、いつ発車するの?」 「15時21分だよ」代わって私が答え、みつこさんは少年に、 「お父さん、どこ行ったの?」 と訊く。 「撮影行っちゃった」 どうやらお父さんは少年を車内に置き去りにして、どこかビデオ撮影に行ってしまったらしい。少年はそれだけ話すとまたディーゼルカーに戻っていった。 駅舎を抜けて、駅の外に出ると、少年のお父さんが三脚を立てて三厩の駅舎を撮っている。私もビデオで適当に撮る。一日わずか五本の列車しか来ない駅にしてはなかなか立派な建物である。津軽線を利用する家族の見送りに駅前に自動車が停まったりしている。 みつこさんがお父さんに声をかける。 「息子さんが心配してましたよ」 すでにおばさんの仲間入りをしているからか、みつこさんもおせっかいなことを言う。お父さんはカメラのファインダーを見つめたまま軽く首をすくめるだけで、みつこさんに返事をしない。 「あれ?」 無視された格好のみつこさんは訴えかけるように私をみる。鉄道おたくには他人と関わりを持つのが苦手な人も少なからずいるので、お父さんもそのひとりなのかもしれない。 「ビデオ撮ってるから、声入っちゃいけないんじゃないの?」 人と関わりを持つのが苦手でなければ、状況からしてそういう理由だろう。そういうと、 「あ、そうか」 と、みつこさんはようやく納得する。 ひと通り駅前を眺めて列車に戻る。蟹田から乗って来た車両がそのまま上り列車になる。帰りも進行方向前方の車両に乗りたいので青森側の車両に移動した。前の方のボックス席には少年とお父さんが座っている。 津軽線上り列車は三厩を15時21分に発車し、来た道を戻る。 津軽浜名では大きなカメラを抱えた先ほどの青年が無事に乗り込んできた。みつこさんに念を押す。「ほら、大丈夫だったでしょ」 「ホントだぁ」 今別を過ぎ、列車は海を離れて内陸に入る。お父さんが車内の撮影に行ってしまい、退屈になったのか、少年が私たちのボックスに来た。 「一円玉、十七枚集めたんだー」 手のひらに一円玉をたくさんのせて、みつこさんにいう。 「すごいねー」みつこさんがいうと、少年はにこにこと笑って自分の席に戻っていった。 しばらくしてまた来た。両手に握り拳をつくって、みつこさんに向かって突き出す。 「どっちに一円玉入ってる?」 「んー……こっち!」 左手の拳を指さしながらみつこさんが答えると、 「えーっ」 と、少年は身をよじらせながら笑う。「なんで知ってんの?」 「当たりでしょ!」みつこさんがそういっても答えないまま、また自分の席に戻る。 また来た。「どっちだ?」「こっち!」 「どっちだ?」「こっち!」なんどやってもみつこさんは当ててしまう。 「え、なんで知ってんのよ?」少年はとても悔しそうにくねくね身体をよじらせる。少年のいない隙に、みつこさんがいう。「だいたい左手なんだ」 こんどは私のところに来た。みつこさんでは当たり過ぎるからか。 「どっちだ?」 左手の拳を指さして、「こっち!」 「えーっ」ここまで来ると少年は不思議そうな顔になる。お父さんが撮影から戻ってくると、少年はいったん自席に戻る。 少年はだんだん私たちに馴染んできて、いつしか私の隣の席にちょこんと座るようになった。もうお父さんが戻ってきてもかまわずこちらに座り続け、しきりと話しかけてくる。少年は自分のことを「ゆうき」と呼ぶ。 「ゆうきね、きのう、『あけぼの』に乗って来たんだよ」 小田急線、千代田線を乗り継いで上野から「あけぼの」に乗ったとか、青森に着いたあとはごはん食べてお風呂に入って、それから津軽線に乗りに来たとか、続けざまにしゃべりまくる。 「『あけぼの』よくとれたねー」みつこさんが驚きながら答える。 「個室なんだ! 往きは上段で、帰りは下段」 来るときに「あけぼの」に乗れたというだけで驚きなのに、帰りも「あけぼの」とはすごい。 「あのね、ゆうきね、『トワイライトエクスプレス』にも十回乗ったことあるんだよ」 「すごいねー」 三人で話していると、先ほどみつこさんの言うことに返事をしなかったお父さんも私たちのところにやって来た。「すみません」といっているつもりなのか、頭を何度かぺこぺこと下げている。最初は無言で笑っているだけだったが、「トワイライトエクスプレス」の話が出たところで、 「『トワイライト』は、だいたい札幌発の上りに乗るんですよ」 などと、ゆうきくんの話を繋いでくれた。「トワイライトエクスプレス」は下り列車だと寝台券が取りにくいから、上りに乗るのがコツなんだそうだ。 「『あけぼの』も、よくとれましたね?」私が訊くと、 「一か月前にとったんですよ。いまは旅行会社が買い占めちゃって一か月前の十時の段階で残数が少ないらしいですね」 慣れてくるとお父さんもだんだん話してくれるようになる。考えてみれば、ゆうきくんがいるということは結婚しているという訳で、社交性がまったくない訳ではない。ちょっとばかり照れ屋ではあるようだけど。 「東京は雪、降ってました?」 ゆうきくんたちは昨夜、上野を発ってしまったから、今朝の東京の様子はわからない。 「朝起きたら、積もりはじめてましたね。いまごろもっと積もってるかもしれない」 話が盛りあがってくると、ゆうきくんはカバンの中からたくさんの紙切れを出してきた。 「ゆうきが持ってるお金、あげるよ」 手で千切られた短冊状の紙切れはお札だった。鉛筆で「おくせんまん」と書いてある。 「おくせんまん円札だよ」 いいながら、みつこさんと私に七、八枚ずつくれる。 「お金持ちになっちゃった。ありがとう」 「すごいなー。おうち買えちゃうねえ」私がいうと、 「買えないよー。ふつうの買い物はこれじゃできないよ」 せっかく乗ってあげたのに。 「あれ? ここどこだ」 ゆうきくんとの話が楽しかったので、列車がどこを走っているのかわからない。津軽二股や新中小国は過ぎたような気はするが。 「蟹田ですね」お父さんがいう。 「え、蟹田! 降りなきゃ!」 「降りるの?」みつこさんも驚いて飛び上がる。 「これ蟹田止まりじゃないの?」 「青森行きですよ」一日に一本だけある青森行きだったらしい。荷物をまとめて慌てて降りる。ゆうきくんもホームに降りてきた。 「信号がまだ赤だよ。記念写真撮ろう!」 ゆうきくんが言うので、カメラを出そうとすると、お父さんが呼ぶ。 「もう出るぞ!」いつの間にか出発信号機が青になっている。残念そうにゆうきくんが乗り込むと車掌が笛を鳴らした。閉まりかけたドアの隙間からゆうきくんが叫ぶ。 「ねえ、ゆうきの写真、撮って!」 ゆうきくんが手を振りながらなにかしゃべっている。列車が動き出した。 「バイバーイ」私たちもカメラを片手に手を振る。 ゆうきくんは走り出す。デッキから室内へ、前方から後ろの方へ。列車は動いてもゆうきくんは同じところに留まっているように見える。ゆうきくんが車両のいちばんうしろまで来ると、ディーゼルカーはゆうきくんをつかまえて瞬く間に走り去ってしまった。 |
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