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走れ!バカップル列車 第55号 寝台特急トワイライトエクスプレス(決意編) |
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一 永年抱いていた夢というか、希望というか、目標みたいなものは、いざ叶えられるときが来ると、案外あっけなかったり、拍子抜けしたり、実感がなかったりするものである。私自身、夢にまでみたその切符を手にしてみても、「こんなものか」と思うばかりで、うれしくて大はしゃぎする、あるいは感動に涙するなどとはほど遠い状態だった。 晩秋のその日、私が家に帰って一日の出来事についてひととおりの話をし終えたころ、みつこさんが聞いてきた。 「きょうもダメだったの?」 みつこさんは寝台特急「トワイライトエクスプレス」の寝台券が取れなかったかどうか訊いている。「トワイライトエクスプレス」の個室寝台はプラチナチケットとも言われ、入手するのが極めて困難な寝台券だ。「どうだった?」とはみつこさんは訊いてこない。「ダメだったの?」と訊いてくる。ダメで当たり前だったのだから、こういう訊き方になる。夏の暑い盛りから、そんなやりとりをもう三か月も続けている。 「みちゃん」 「なに」 「取れたんだけどね……」 「あ、そう。じゃあ、あしたもまた駅に……」言いかけて、みつこさんは目を見開いた。 「ええ!? いまなんていった?」 「取れたんだ」 「えー、取れたの? えー、ホント?」 「うん、取れたことは取れたんだ」 「ええーっ、早く言ってよっ!」 「だってみちゃん、最近、なかなか訊かないから」 「訊かないからとかじゃないでしょ! 取れたんなら、朝の十時に真っ先に電話かけてくると思ってたよ。それなのにいまごろになって言って! 自分から言ってくるんでもなく、私に訊かれるまで言わないなんて」 「ごめんごめん」 「見せてよ、切符!」 「あー、これこれ」かばんから切符を出した。 「ホントだあ! スゴイじゃん! 本当に『スイート』って書いてあるう!」 みつこさんの方がものすごくはしゃいでいる。 「いちばん乗りたかった一号車じゃなくて、二号車の『スイート』なんだ」 私はつけ加えた。 「でも、『スイート』は『スイート』なんでしょ」 「まあ、そうなんだけど」 「いやー、目の覚めるような話だよぉ」 みつこさんがこんなにも喜んでくれるとは思わなかったから、そっちの方が驚きである。 「いやー、これはすごいよぉ」 「そうお?」 「ひろさん、なに、ふつうの顔してるのよ。切符だって、なんでもないような顔で出してきてサ。これはもう、一大事だよ!」 「そうかなあ」 「そうだよ! ひろさん、もっと喜びなよ!」 そんなこと言われても、天井が突き抜けるような喜びはやはり湧いてこない。 「じゃあ、乗る? 乗ろうかどうしようか迷ってたんだけど」 「乗るよぉ! 当たり前じゃん!」 みつこさんは力強く言った。「だってこのためにずっと駅に通ってたんでしょ!」 「トワイライトエクスプレス」は大阪〜札幌間をおよそ二十二時間かけて走破する豪華寝台特急である。東海道・湖西(こせい)・北陸・信越・羽越(うえつ)・奥羽・津軽・海峡・江差(えさし)・函館・室蘭・千歳線の計十二線区を経由し、走行距離は一四九五・八(下り)キロにのぼる。デビューは一九八九(平成元)年。その前年の春、青函トンネルが開通し、上野〜札幌間に寝台特急「北斗星」が運転をはじめている(JR東日本・JR北海道が運行)。この「北斗星」もいままでの寝台特急の概念を覆すほどの豪華な設備が話題を呼んだ。 「北斗星」から遅れることおよそ一年半、JR西日本が日本一の豪華寝台特急として満を持して世に送り出した列車が「トワイライトエクスプレス」である。 寝台特急といえばブルートレインとも呼ばれ、車体は青いものだったが、「トワイライトエクスプレス」は深緑色の車体で登場した。屋根部分まで張り出した大きな窓のサロンカー「サロンデュノール」、フランス料理のフルコースを提供する食堂車「ダイナープレヤデス」、そのほかA寝台、B寝台ともに一人または二人用の個室が用意されている。 なかでも大阪寄り最後尾に位置する個室「スイート」は広々とした空間にツインベッド、シャワー・トイレ完備という設備に加え、去りゆく後方からの眺めを独占できる日本随一の特等席で、ファン垂涎の個室寝台だ。もちろんそれだけ贅沢な空間だから寝台券も五万円を超えるという高価格なのだが、旅好きの夫婦や鉄道おたくたちがこぞってこの「スイート」の切符を買い求めるため、入手することが非常に困難なプラチナチケットになっている。 「トワイライトエクスプレスに乗りたい。できることなら『スイート』に乗りたい」。私がそう思いはじめてもう二十三年になる。「トワイライトエクスプレス」が登場した当初から、この列車に乗りたいと思い続けてきた。いつのまにかそんな時間が経ってしまった。もちろん、二十三年間絶えることなく思い続けていた訳ではない。ときどき思い出しては乗ろうと思い立って、しばらくするとその思いがいつしか消えてゆく。その繰り返しだった。 「北海道に行くのになんで大阪行かなきゃいけないの?」と、みつこさんに却下されたこともある。二○○九年に初めて「フルムーンパス」で旅行したときだ。このときは「北斗星」の「ロイヤル」に乗車した。 みつこさんのしぶしぶの了解を得ても、みどりの窓口で満席だといわれたこともあった。これは二○一○年だ。このときは第二候補であった寝台特急「日本海」に乗車したのだが、いまでは「日本海」に乗車しておいて良かったと思っている。その一年半後の二○一二年三月、「日本海」は廃止されてしまったからだ。 乗りたいという気持ちをどうしても強くすることができなかったのは、これだけの人気列車がそう簡単に廃止されることはない、と高をくくっていたからでもあった。「トワイライトエクスプレス」の寝台券はつねに満席なのである。近年、次から次へと廃止される夜行列車は、乗客が少ないから廃止されるのであって、乗客が殺到する列車ならば、JRだってそう無下に廃止はしないはずだ。 しかし、そうはいっていられない事情が浮上してきた。 「『トワイライトエクスプレス』が廃止されるかもしれない」 そんな噂が鉄道おたくの間でささやかれるようになった。それはたんなる噂にとどまらない、ある程度信憑性のある話なのである。 |
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